俺は、詩女と君寧明人を病室において、雪之絵を追いかけた。

着の身着のままで、グレーのパジャマ姿だが、俺の行く路上には幸い人通りがなく、興味本位の視線にさらされる事はなかった。

俺は走って雪之絵を追っているが、気分的にはそれほど急いではいない。それと言うのも、とうの雪之絵はきっと、てくてくと歩いて帰っていると思うからだ。

見舞いの品を投げ捨てられた事を気にしていない、と言うわけではなく、雪之絵は、俺が自分を追いかけている事を予想して、後ろを気にしながら、振り返りつつ歩いている事だろう。

雪之絵と俺は、不本意ながらお互いの事をよく理解しているのだ。

赤く染まった夕日を追いかける様に走り続けていると、陽炎にゆらめく、雪之絵の背中が見えて来た。

想像通り、後ろで両手を握って、てくてくとのんびり歩いている。そして、すぐに俺の気配に気付いき、長い髪をふわりと靡かせて振り返った。

「来ると思っていたよ、京次、」

...だろうな。

「私のお見舞い、投げ捨てたの誰?あの女?」

「君寧先輩。」

俺は歩みを止め、雪之絵と正面から向かい合った。そして、お互い目を見つめる。

言いたい事は沢山あった。お前、警察捕まったんじゃねーのか?とか、お前の顔なんぞ本当は見たくねーんだとか、文句ならば、いくらでも出て来る。でも、俺の口から出てきたのは、まったく別の事だった。

「お前、俺に嫌われているの分かっているよな?それなのに何で、今も、今までも、そんな涼しい顔していられるんだ?」

「....」

雪之絵は少しだけ呆気に取られた後、くすっと口元を歪ませた。そして小さく、「馴れているからね、」そう答えた。

「それより京次、一勝負しない?」

何だ?やぶからぼうに。

「ルールはお腹に一発入れた方が勝ち。それ以外の場所は、何発入れてもいいけど勝利にはならない。」

「ちょっと待て、いきなり何言い出すんだ?その勝負に何の意味がある?」

「勿論あるわよ、今日、私が何のために病院行ったと思ってる?」

俺の見舞いじゃないのか?

「私自身が用事があったのよ、産婦人科にね。」

......?

...なんです?

俺には雪之絵の言葉が理解出来なかった。

さんふじんか、酸布陣火、三歩人家?なんだそりゃ?

俺が首をひねって見せると雪之絵は、腕組みをして、声のトーンを落とす。

「赤ちゃんがデキたって言ってんの、」

負けるものか、垢チャン、あ、母ちゃん...

「あんたのチンコが!私のマンコに入って!射精して!精子が卵子と受精して!イモリみたいなちっこい赤ん坊が私の中で育ってるっつってんの!!!」

......無駄な抵抗終了。

急速に力が抜け、腰が砕けそうになる。心臓が、その動きを止めたかの様に血の気が引く。

ヨロリと一歩、後退る俺。

「分かった?つまり、京次が私から逃れるには、私のお腹に一撃入れるしかないのよ。」

「!」

今の言葉を聞いて、彼方を飛んでいた意識が、再び俺の体に戻った。

「本気でいってるのか?」

「そーゆう事、京次が勝ったら、私は二度とあなたの前には現れない。その逆なら...分かるわよね?」

...気に入らん、妊娠が本当かどうかは分からないが、普通ガキの生死を賭けの対象にするか?

「ねえ京次」

「何だ?」

「こんな風に締めくくるのも、私達らしいと思わない?」

「まったくだ、」

それは、本当にそう思う。

力ずくで始まった二人の関係なら、力ずくで幕を閉じるのも、また良し。


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