クレイモア SSS

屑男・撲滅委員会!

 私は急いで命を抱き上げた。

「ままーっ!!」

 命が羨望の眼差しで私を見上げながら、歓声を上げる。 しかし私は、それに答えている時間はなかった。

 私の攻撃は良い所にヒットしたため、二人の暴漢はまだ倒れたままだ。

 命を抱えたまま踵を返し、走り出す。 まだ目は闇に馴れたとは言えないが、もう何年も住んだ部屋だ、外に出るぐらいはなんでもない。

 部屋を出た私は、命を下ろすより先に、通路のさして明るくもない光に目を瞬かせながら扉を乱暴に閉めた。

 ドアノブの真ん中にある鍵穴に、すでに用意していた鍵を突っ込み回す。 ガチャリという音と共に鍵が閉まった。

 そして、そのドアノブを手刀でもって叩き折る。

 しばしの後、ドアに激しく体当たりする音が響いた。 当然、暴漢達の行動だ。

 ドアノブの芯は扉の表裏で繋がっているので、私がこちら側からノブを叩き折った時点で、扉の向う側のドアノブも取れて落ちているはず。

 当然、鍵は閉まったままで、だ。

 このマンションは防音設備ばっちりで、隣に住んでいる住人も動き出す様子はない。 もっとも、初めから当てにはしていない。そいつも暴漢達の仲間でないとは言えないのだ。

 こうしている間にも、ドアに体当たりする音は続いている。 元々窓についていた非常用縄ばしごは、命がイタズラするので、私しか知らない所に隠してしまった。

 地上五階のこの部屋、外に出るには、この扉を使うしかない。

 その事に気が付いたのか、扉に体当たりする音が、2人分になった。

 扉を突破されるのも、時間の問題。

「......」

 私は命を廊下に下ろし、自分も身を屈め、命と向かい合う。

 そして、財布の中に入れていた、皆月京次宅の住所が書かれた紙切れを、命の小さな手に握らせた。

 数日前、私と命の写真入り葉書を送るため、調べて控えた物だ。 今まで財布の中に潜ませていたのは、まだ京次に未練があるからだと認めるしかないが、まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。

「何?これ。」

 命がいかにも解っていない、という口振りで言ったが表情は別だった。 私の言いたい事を、すでに理解して不安になっている顔だ。

「いい?命、この紙に書かれている住所に、あなた一人で行くの。」

「むりだよーっ!住所なんて解んないよーっ!行けるわけないよーっっ!!」

 私の言葉が終わる前に、命は全身で嫌がって見せた。

 無理もない。 紙に書かれた住所を見てそこに行けなど、大人でも難しい。 

 しかし行ってもらうしかない。私は暴漢達を足止めしなくてはならないし、他人を当てにしようにも、どこに暴漢の仲間がいるか判ったものじゃない。

 さらに私は、この先、命を守ってもらえそうな人物を京次しか知らない。

「命、その住所の先にはね、あなたの事を私と同じぐらい大切に思ってくれる人がいるわ。」

「おじいちゃん?」

 ふいに命が変な事を言った。

「だって、今日、本当のおじいちゃん、別に居るって言ってたでしょ?」

 ああ、そうか、そう言えばそんな事言っていた。

「そうね、そうよ、おじいちゃん。 命、おじいちゃんに会いたいよね?」

 罪悪感がわいた。 今嘘をついたとか、そうじゃなくて。今日のじじいとの一件、命は気にしていながら、気にしていないフリをしていたのだ。 私はその事に気が付かなかった。

「うん、会いたい。でもっママも一緒に行けばいいじゃない、何で私一人で行かなきゃなんないの?」

 私の服をしっかり握って放さない命が、哀願している。 

「ママは、すぐには行けないの。必ず後から迎えに行くから。」

 命は頭を振った。

 抱きしめたいのを我慢して、私は初めて命に対し鬼になる。

「いい?命。人はね、欲しい物は自分の力で手に入れるしかないの。 解る?」

 命は再び頭を振った。

「命は、おじいちゃん欲しいでしょ?」

 今度は肯いた。

「ママとも一緒にいたいのよね?」

 再び肯いた。

「だったら、自分の力で、その場所に行きなさい。 あなたが、自分の力で、そこに行けたら、おじいちゃんも、ママも、あなたの物よ。」

「...行けなかったら、どうなるの?」

「行けなくても、このままママと一緒にいても、この先二度と、命は誰とも一緒にはいられなくなるわ。」

「私がここに居たら、ママは私の事助けてくれないの?」

「助けて上げないわ。」

 今のは、

 シャレにならないぐらい辛かった。

 何とか、歯を食いしばって表情を変えずに我慢する。

 すると、しばらく私を見つめていた命が、後退るように歩き出した。

「私が自分の力で、この場所たどりついたら、ママ迎えに来てくれるんだよね?」

「そうよ。」

「そしたら、また一緒にいられるよね?」

「そうよ。」

「ママ、今の私って、

邪魔だよね? 」

りそうよ。

 命は、私の答えを聞く前に、走り出していた。

 

 

 めの

 

 血が、

 体に穴を開けられたと言うのに、そんなに出血は酷くない。

 たいした傷ではなかった?

 いや、そんな事はない。

 そうだったら、わざわざ命一人を逃がす必要などない。

 背中から突き入れられた刃物は、二つある腎臓の内の一つを貫いて、胃ごと腹筋を貫通した。

 私は、腹筋も背筋も人並み以上強靭であるため、出血は抵抗の少ない場所へと流れ込む。

 その場所、つまり”胃”。

 胃袋の中に出血は続き、溜まっていく。 その間、外への出血はそれほどでもない。

 しかし出血は、そのうち胃に納まり切らなくなり、いずれ溢れ出す。

 でも、よかった。

 少なくとも、命には、私のこんな顔、見られずにすんだ。


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