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「流石...」
後方宙返りから、まるで何も無かったかの様に、静かに廊下に降り立った雪之絵真紀の体術を眺めていた鼓四季が、思わず驚嘆の声を漏らす。
今の攻撃が力任せのものであるならば、鼓四季もそれ程気にもしなかっただろう。 しかし、雪之絵のそれは、自身が受ける重力を完全に我が物としているからこそ行えたのである。
まず、頭を支点にして回転する事によって、足元により大きな遠心力を持たせてコントレラスと鈴印栄に多大なダメージを与え、
その攻撃の反動を利用して、本来頭にあった回転の支点を体の中心へと移動させ、廊下に降り立つ頃には、雪之絵は腰を支点にして回転していた。
それが出来るからこそ、反り返った状態から後方宙返りをして、”何も無かったかの様に、静かに”廊下に降り立てるのだ。
「なるほど、重力を我が物とした天性のバランス感覚。...ただ体が柔らかいだけのエデン母や、髪をどこかに繋げて浮かんで見えている私とは訳が違うわね。」
これは鼓四季も素直に認めた。 体術に関しては、雪之絵真紀に並ぶ者は無い。
しかし、それでも鼓四季の余裕は消えない。何故なら体術は劣っても、それでも勝てると信じているからだ。
先程と同じく、雪之絵と鼓四季の間は、鼓四季自身の髪の毛によって遮られた。
髪の毛は爪などと違い生きている為、微量ではあるが気配を持っている。 鼓四季は、自分の髪の後ろに隠れ、自身の気配を髪の毛の気配と同化させた。
まるで、黒い紙に黒いインクを垂らしたかのように、鼓四季本体の居場所が解らなくなるのである。
また、髪の毛に神経は無いが、触られれば敏感に反応する部分。
先程、雪之絵の一撃から逃れたのは決してマグレや偶然では無い。 髪の毛がセンサーの役割を果たし、雪之絵の拳の軌道を鼓四季本人に教えたのだ。
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