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戦場には場違いという雰囲気を醸し出しながら目前に立つ男は、間違いなく鳳仙圭だった。
闇の中に潜む四人目。 しかし、その四人目が鳳仙圭であるという所までは、流石の雪之絵も気付かなかった。
「ふ、エデン母と双璧を為す強者と聞いていたけど、鼓四季もエデン母も所詮は女。全然期待はしてなかったんだよ。」
”女”という部分をやたら強調して、雪之絵の足元に転がる鼓四季を侮蔑する。
その台詞にも興味が無く、表情はまったく変えない雪之絵だったが、今は少しだけ面食らっていた。
鳳仙圭は雪之絵真紀に会いたがっているのだから何時かは出会うだろうと考えてはいたものの、こんなに早く、それも、たった一人で自分から出向いて来るとは思いもよらなかったのである。
雪之絵は油断無く辺りの気配に気を配る。
雪之絵の恐ろしさを知っているはずの鳳仙圭が、たった一人で現れたという事は、何かしら策を嵩じているだろうと考えたのだ。
しかし、怪しい気配や危険な雰囲気は、まったく無かった。
「ふふ、心配しなくても、ここには俺達二人しかいやしないよ。」
余裕というよりも、もったいぶった台詞と動きの後、鳳仙圭はある場所を指差した。
鳳仙圭の指差す先、すなわち雪之絵真紀が先程自分で扉を開けた部屋の中に、ついっ、と目だけ動かして視線を送る。
命を探す為に、部屋の中はしっかりと見た。 その時と部屋の中の模様は変わっていない。
ただ、消えていたはずのテレビ画面が、何時の間にか煌煌と光を発している事を除いて。
「俺が、一人で真紀姉さんの前に現れた訳、あれを見れば解るよね?」
アケミが手にしているのは、雪之絵と戦った時にも使った、円盤型極薄の刃物である。 そのまま落とすだけでも、女の子の細首など、簡単に切断出来る。
内心穏やかでは無い雪之絵だったが、狼狽するのを辛うじて堪えた。
どんな罠が仕掛けられているかと思っていたが、どうやら鳳仙圭は、一番ポピュラーで、一番確実な方法を選んだらしい。
雪之絵命は、雪之絵、鳳仙、陸刀の三家を滅ぼす呪いを受けている。 すなわち、命を殺すという事は”呪い”の解放を意味し、鳳仙圭自身の破滅も意味している。
しかし、ここまで皆月京次という男を見続けた鳳仙圭は、その強さに恐れおののき、切羽詰った状態なのだ。
窮鼠ネコを噛むの言葉通り、死なば諸共とばかり鳳仙圭が雪之絵命の生命を奪うのは、充分考えられる事だった。
「でもね、実はあんなの保険でしかないんだよ。」
鳳仙圭は、四つもの『切り札』を用意していた。 その中の二つである桐子と加渓、そして竜王と雀将はもう使い物にならないが、後二つ程残っている。
色の変った、鳳仙圭の目。
呪術で操られた、陸刀加渓と同じ目。 つまり、鳳仙圭は自分で自分に呪術を施したのだ。
元々、成人男子の筋肉には、グランドピアノを持ち上げる程の潜在能力がある。 しかし、それでは自分の筋肉が壊れてしまう可能性がある為、全開時の30%しか力が発揮出来ないように、リミッターがかけられている。
そのリミッターが外された力が、有名な火事場の馬鹿力である。 今の鳳仙圭は、常にその火事場の馬鹿力を使えるのだと思ってもらえば良い。
単純な筋肉強化だが、力も強度も格段に上がっているのは事実だった。
「どうだい驚いただろう? 真紀姉さんも所詮は女。 男の力には服従するしか無いのさ。」