「ま、送る必要もないわな。」
「うん。」
俺は、詩女を見送るために外へ出て来た。詩女の家は隣なので、わざわざ付いて行くまでもない。
「ね、京次。」
「ん?」
「...あのウワサ、どこまで本当なのかな?」
俺は顔の筋肉を強ばらせ、目を逸らした。おそらく青ざめてもいる事だろう。
「...キスぐらいは、した?」
そんなの小学校の時だ。
「Hもしたのかな。」
それも小学校の時だ。
「話にあるアブナイH、て言うのは?」
それもだよ、おい。
「...本当なの?」
詩女の顔が曇る。俺はコホンとわざとらしく咳払いをして、真面目腐った口調で言い訳をする。
「一応言っておく、何にしても俺は、一つも望んでいない事だった。これじゃだめか?」
出来る事なら、詩女に俺と雪之絵の事柄の全貌を知られたくはない。 いや、自分の口からは伝えるのは辛い。たとえバレバレだったにせよだ。
「....じゃあさ、」
「ん?」
「私には、どこまでしてくれる?どこまでなら、ゆるしてくれる?」
思いがけない詩女の言葉。俺は、一切迷いのない答えを出す。
「どこまででもだ、俺はお前のためなら何でも出来る。」
「ふふ、それは言い過ぎ。」
本当だぞ?
俺は詩女の顎を、指をそえて少しだけ持ち上げる。しかし力は、まったく入れていない。俺が指をそえると同時に、詩女自ら顔を上げたのだ。
そして俺は顔を近づける。詩女がいやがるはずもなく、二人は自然に唇を重ね合わせた。
お互い、望んだキス。
俺の心のファーストキスだった。
その後、俺と詩女は、お互いの家へと戻った。
でも詩女、さっき言ったのは本当だぞ。
お前は俺を、救ってくれたのだからな。
ーー犬を埋めた次の日、それまで俺に近づく事のなかった詩女が、俺に話かけて来た。
それまで俺を避けていたのは当然だ、トラウマのため心を閉ざし、人との接点は暴力のみだった俺だ。嫌われていてもしかたあるまい。
当然の様に俺は詩女を無視したが、詩女はあきらめず、半年後、俺も詩女と普通に話せるようになっていた。
今ならわかる、俺は救われたのだ。
車に引かれて死んだ犬とは違う。
誰にも言えず、救いを求めていた俺を、詩女が救ってくれたのだ。
今ならば、わかる。