次の日の朝、詩女と一緒に登校した。
当然のごとく、教室に入ると、クラス連中から奇異の目で見られる。分かっていた事だが、やはり詩女に申し訳ない。
俺と詩女が挨拶をして、自分達の席へ別れると、詩女の周りに数人の女連中が集まって来た。
俺と詩女の席は割と離れているので、話の内容は聞こえないが、大体の想像はつく。多分、こんなだろう。
『ねー、ねー、詩女、何であんなのと一緒にいるの?ヘンな事でもされたの?』
『そー、そー、皆月ってヘンタイ入ってんでしょ?関わるのやめた方がいいよ。』
『あはは..京次のウワサってほとんどデマだよ、ホントは、カッコよくって、優しくって、素敵で、無敵で、男らしくって、知能指数高くって、いつかお金持ちになって......』
最後の方は、俺の勝手な希望的観測だが、前半はあんなもんだろう。
俺は詩女に集まる悪いウワサを、実力で排除する覚悟があるが、さすがに女子に手は上げられない。そう思って見ていたら、今度は大量の男どもが集まってきた。
男どもは、女達同様、しかめっ面で詩女に話かける。話の内容はきっとこうだ。
『なーよう、渡ィ、何で、あんな馬鹿で、アホで、スケベで、変態で、ろくでなしで、無愛想で、暴力男で、ジュース代もケチる様な奴に....』
ヤロウ!!!ゆるせねえ!!!!
俺はイスから立ち上がると、のっし、のっし、と音を立てて、詩女とその他の所へ近づいた。すると、ある程度近づいた事で、詩女の声が聞こえた。
「カンケーないよ、ただ、私が京次を好きなだけ。」
俺の足が止まる。怒りも消えた。
詩女を囲む連中も唖然としていた。
そして、俺に気づいた詩女は、俺に視線を送り笑ってくれた。何の陰りもない、強く、無邪気な笑顔を俺に見せてくれた。
昼は一緒に食事をして、(パンだったが。)
休憩時間も離れる事は無かった。(トイレは別、)
一緒に帰る約束もした。
詩女と二人でいる時間、穏やかで満たされている時間。今、俺は、雪之絵と二人で居る時とは、まったく逆の時間を過ごしている。
後三日で雪之絵は帰って来る。そうしたらナシつけて終わりだ。
「暴れるかもな。」
俺は校舎の玄関口で、ポツリ呟いた。独り言だ、回りには誰もいない。学校も終わったので、約束どおり掃除当番の詩女を待っているのだ。
だが遅い、掃除の時間など、とっくに終わっているはずだ。
俺は辺りを見回した。
やけに静かだ。先ほどまで、下校の生徒でここもごった返していたが、今は人っ子一人いない。
そう言えば昼休みの時、今日はクラブ活動禁止とか放送で言ってたな。いきなり決まったとかで、クラブやってる連中はブーブー言っていたが。
....遅い、
気のせいか、何か嫌な感じがする。少し前にコレと同じような事があった。
そう、雪之絵が転校して来た時だ。あの時も雪之絵自身のワガママで昼に....。
俺は不安になって、詩女を探そうと一歩踏み出した。その時、絶対に聞きたくなかった声が後ろから聞こえた。
雪之絵真紀の声だ。
「はーい、京次ィ。」
俺はギョッとして振り返る。少し離れた所に、右手をパタパタと振る雪之絵が立っていた。
「四日ぶりー、元気だったー?」
「...雪之絵、何を企んでいる?」
「?、何のこと?」
全身で警戒している俺に対し、雪之絵はずっと笑顔だった。
「どうして、ここに居る?」
「うーん、ちょっと用事出来ちゃって、超特急で帰って来ちゃった。」
「詩女には会ったか?」
「詩女って、渡さん?会ってないよ?」
「じゃあ、出来た用事って言うのは、今いいのか?」
「うん、今からだけど、もう少し時間あるよ。」
「もう一つ...」
「ん?」
雪之絵の笑顔が固まり、軽く振っていた右手も止まった。
俺の中の警戒信号が鳴り響く。突っ立ったままの俺だが臨戦態勢は整っている。
「....なーんだ、気が付いてたんだ...」
「!!」
雪之絵は、がばっと、勢い良く隠していた左手を頭上に上げた。
「じゃーん!お土産のチョコレート!京次好きだったよねー!!」
「......」
両手をぱたぱた振って、可愛い仕種をして見せる。俺の方は、かなり拍子抜けた。
まあいい、とりあえず今は詩女を探そう。そう思った俺だったが、ついでに雪之絵に、詩女と俺が付き合う事を伝えてしまおう、そう考えた。
「雪之絵、少しいいか?話しておきたい事があるんだ。」
「うん?いいよ?でも、その前に私も聞いてほしい話あるんだ。」
そう言って雪之絵は、ちょいちょい、と、手招きして見せた。
「なんだ?」
俺はまた警戒心を強めると、ゆっくり雪之絵に近づいた。
雪之絵に不穏な動きは無い。だが決して、信用出来る相手ではない。雪之絵と少し距離をおいて、俺は立ち止まった。
「話ってのは?」
「ふふ、あのね......」
雪之絵の笑顔が消えた。
俺の視界が回転した。
何が起こったのかは、見ていたので解った。
気付くべきだったのだ、雪之絵が俺の名を呼んだ時からずっと、右手を下ろしていなかった事を。
聞く耳持たない。そう言った雪之絵は、手招きしていた右手を下ろした。そして袖口から、スルスルと降りてきた鉄パイプを握り締め、俺の頭を強打したのだ。
まだ甘く見ていた。しかし、なぜここまでする?だが、卒倒した俺に考えている余裕は無かった。