む
「るおおおおおおおおーーーっ!!!」
京次が襲い掛かった雪之絵真紀を、多分、一本背負いとか言うので放り投げた。
私の目の前を、逆さになった雪之絵真紀が飛んで行く。
ガシャーーーーン
窓ガラスが割れた。
雪之絵真紀の体が、外に飛び出す。ここは二階、普通に落ちればただではすまない。
急いで京次は窓に近づき、外を見下ろす。
「ちっ」
一度、千切れかけた舌を使っての舌打ち。どうやら思惑通りにはならなかった様だ。
「詩女!いいか!俺が出て行ったらドアのカギしめろ!!それで俺以外の誰でも絶対開けるな!!いいな!!!」
私を指差してそう叫んだ後、走って病室を出て行く。私は”一人にしないで”と言いたかったけど、言葉にはならなかった。
「お前ら!死にたくなかったら病室を一歩も出るな!!看護婦!警察に電話!その後はあんたも出てくんな!!」
病室を出ていった京次が叫んでいる。どうやら騒ぎを聞きつけた野次馬が、集まっていたようだ。
腰をぬかした私は、おぼつかない足取りでドアまでたどり着き、言いつけ通りに鍵を閉めた。鍵なんて閉めるのに随分時間がかかった。手が震えて指が言う事をきかなかったからだ。
私はドアを背にして、膝を抱えた。私のすぐ横に、事切れたタケオが倒れている。
恐い、
なんでこんな事になっているの?
わからない。私、京次を好きだって言っただけなのに。
昔から好きだったから、それを伝えただけなのに、何でこんな事になってるの?わからないよ。
ドン、ドン、ドン、
ドアを叩く音、
でもそれだけ、声はない。
京次の声、
「...俺だ、早く開けろ、」
私は力がぬけた。京次の声だ。私が間違えるはずはない、これは京次の声だ。
喜び勇んで鍵に手をかける。
ガチャン、
ガラスが割れる様な音。今、後ろから聞こえてきた。
後ろにはガラスの割れた窓があるだけ、だけど。
私は恐る恐る振り返った。
手が窓枠を掴み、足が割れたガラスを踏みつける、体をおこす様にこの部屋に入ろうとしている者、そんなの雪之絵以外いるわけないじゃない!!
私を睨み付ける100パーセント憎悪のみの視線、先ほどまでの京次を見ていた表情などくらべられないほど恐ろしい顔だった。
「いやだよーーーーーーーっっっ!!!」
後ろで京次が必死になってドアを叩いている。この音がなかったら、私は、発狂しているか、とっくに諦めて鎮魂歌を口すさんでいた事と思う。
震える指で鍵を回す。雪之絵真紀はまだ窓辺に居るからまだ間に合う、でも体が恐怖で言う事をきかない。
わたわたと、ノブを回す事に格闘していると、ドカン、と音を立てて外側からドアが開かれ、首根っこを掴まれて廊下に引き摺り出された。
京次は急いでドアを閉め、ノブを押さえつける。私もそれに習って京次の手の上からノブを押さえた。あんまり役に立ってない気がするけど、しないよりはマシだと思う。
「京次ぃ早く声出してよぉ、誰だかわかんなかった...」
涙声でうったえようとした私だが、京次の姿を見て言葉に詰まった。
「すまんな、やられた...」
笑って見せる京次の脇腹がどす黒く染まっていた。
「...詩女、よく聞け、」
ドアノブがガチャガチャ音を立てる。内側から雪之絵真紀が開けようとしている証拠だ。
「俺が雪之絵を足止めしてる間に逃げろ、」
「何言ってるの、その傷で足止めって...」
それって...
「大丈夫だ、そう簡単に俺は殺られはしない。」
自分が殺られている間に、私に逃げろって事...?
「もうすぐ警察なんかが駆けつけて来るだろうけど、それじゃあ間に合わないからな。かと言って、ここの患者や病院関係者に、今の雪之絵を取り押さえろってのも無理だろうしな....第一、」
.....
「第一、これは俺と雪之絵の問題だ、誰にも、お前にも関係ない。」