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命がパパさんと、近親相姦したいんだって。
歯に物着せぬタケ子の説明を聞いて、さすがの高森も呆れ返るしかなかった。
消え去った涼しげな笑みと、丸まった背筋が、高森の気持ちを如実に表している。
「私はパパが好きなのっ!この気持ちの前には世間の一般常識なんて知った事じゃないわっ!」
命が声を荒げるが、決して開き直った訳ではない。病的だが、それが命の素直な言葉だった。
異性に対する興味と、父親に対する憧れ。 混同された二つの想い。
仮に、幼い命の精神が引き起こす”勘違い”だったとしても、命にとって今の言葉が正直な気持ちである事は間違い無い。
「どー思う?」 タケ子が、高森に対し、耳打ちする。
「そりゃあ、間違ってますけどね。」 我ながらつまらない事に顔を突っ込んでしまったと後悔しながら、高森は煮え切らない言葉を返す。
命自身が、正しくないと理解した上で言っている以上、どんなに倫理を説いても納得させるのは難しい。 しばらく考え込んだ後、高森は命に問い掛けた。
「でも、京次さん、全然相手にしてくれないのでしょう?」
「そうなのよー、何か良い手ない?」 頭の良い高森の知恵を期待して、作り物の涙目を向ける。
「まー、ない事もないですね。」
それは、命にしても、タケ子、カズ子にしても想像だにしていない言葉だった。
「京次さんは、命さんを娘としか見てないし、これからも変わらないでしょう、実際娘なんだから。」
「それで?」
「ですが、たとえ父親であっても、娘に対し独占欲はあるのです。そこで命さん、
「......」
「ヤキモチ妬いてる時をめがけて行動すれば、まーなんとかなるかも?」
命はとてもうれしそうに親指を立てた後、「ナイス」と呟いた。
「ちょっと!高森!!」
ぐいっと、タケ子が高森の腕を取り引き寄せる。
「どーゆうつもり?もし、ホントに上手く行ったらどーすんの!?マズイじゃん!」
「大丈夫ですよ。」 いやに納得顔の高森が、そこに居た。
命は、そんな二人のやり取りなど気付きもせず、辺りを見回す。そして、最終的に高森と目があった。
「高森がベストか...」 小さく口の中だけでそう言った後、タケ子から高森を”ふんだくる。”
「ちょっと、命なによ!?」
「高森、今日家に来て。パパの前で極端に仲の良いフリするの。」
カッと顔を赤らめたタケ子が喚く前に、高森がそれに答えた。
「いいですよ?元々そのつもりだったし。」
パクパクと、金魚よろしく口を開閉したタケ子は、がっくりと肩を落として机の上に突っ伏した。 カズ子が慰める様に、イイコイイコしている。
「まあ、絶対うまく行くとは言えませんけどね。 でも命さん?京次さんが、誘われてアッサリ襲い掛かって来るような人なら、そんなに好きにはならなかったでしょう?」
「...まあね。」 命は目をそらして考える。
さすがに高森は同じ空手の道場に通うだけあって、京次の事をよく知っている。 彼の言うように京次は、父親としての態度をどんな事があっても崩さない。
一緒に生きて来た時間の少ない命に対し、良き父親になろうと努力しているのも、よく知っている。
命が我が侭を言いそうになった時、どれほど嬉しそうだった事か。
父親としての頑なな態度は、命にとっては不満なのだが、そんな京次の気持ちが命に取って嬉しくないはずがない。
京次に対し、女として本懐を遂げるために、娘の地位を利用するのは、完全に裏切り行為である。
「まーねぇ!世の中には、娘の処女を奪ってやる、なんて変態親父もいるらしいけどねぇ!!」
吐き捨てる様に言ったのは、完全に機嫌をそこねたタケ子だ。
「あのねーっ!!あんた、さっきからウチのお父さん、ダメ親父だの変態親父だのと...!!」
「さーて、んじゃ行こうか。」
「待てい!!話をきけぃ!!」
「私達、早退ねー。」
ガラガラ、ピシャン!(教室を出て行った音。)
「...カズ子、言っとくけど、私のお父さん立派な人だからね。」
「うん、知ってる。だってウチのパパの部下だもん。」
初めて口を利いたと思えば、このアマ。そう言おうとしたタケ子だったが、ショックのために声は出なかった。