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京次と命の住むアパートは、通っている中学校からそう遠くない。 ドブ川になりつつある、哀れな川沿いを十分ほど歩けばたどり着く。
足取り軽く進む、命の右側を高森が物珍しそうに景色を眺めながら歩いている。
しかし、決して特別な景色ではない。似たような家が立ち並び、歩いて行くには遠い場所に、山が霞んで見える。そんなどこにでもある景色だ。
「そーいや、高森は私のアパート来るの初めてだったよね?」
「ええ、でも場所は知ってましたよ?京次さんに聞いてましたから。それより、今昼前ですよ?」
言いながら高森は、腕時計を命に見せる。
まだ、十一時を回ったばかり。 平日のこんな時間に、仕事をしている成人男子が家に居るとは思えない。
「あー、大丈夫、パパ今日お休み。家に居るから。」
「京次さん、お仕事は何なされているのです?京次さん自身に聞いてもごまかされるんですよ。」
「それは、内緒。」 口調は冷静だが、視線は興味深々の高森に対し、命は余裕で返した。
ただの意地悪だったのだが、聞いてはいけない事だったと勘違いした高森が話をそらす。
「それにしても、タケ子さん可哀相に。」
「いいのっ、タケ子辺りに口喧嘩で負けてたら、鬼嫁詩女には勝てないわ。」
「でも、何でタケ子さんなんです?カズ子さんには突っかかりませんよね?」
「うっ...」
実は、命が初潮を迎えた時、「パパに知られるのは恥ずかしい。」と言って、カズ子に泣き付いた事があった。
それ以来、カズ子には頭が上がらないのだが、そんな事、男の高森に言えるはずがない。
「あっ、それより私のアパート見えて来たよ!!」
明らかに話をそらす台詞だったが、命の指差す先には、たしかにアパートがあった。