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「雪之絵のジジイにねー、この屋敷に知らない人いたら殺せって言われてんだー。 だから私、今からこのゴリラ姉ちゃん殺すけど...」
折角、自由がその身に戻り、喋る事も出来るようになったというのに、カズ子の口は歯を打ち鳴らす音しか出せなかった。
すっかり戦意をなくし、辱められた事も泣き寝入りでいいから、この場から逃れたいと思った。 勝つ自信がなくなったのではなく、恐くて嫌になったのだ。
元々、カズ子は命やタケ子に比べて心の耐久力がないものの、今回に限っては弱いの一言で片づけるのは酷であろう。
部屋を仕切るカーテンの後ろ側に、数え切れないほどの屍の群れが集まっている。
アケミの言葉を思い出す。 確かにこんな連中に囲まれたら、狂うまで半日とかからない。
だが、陸刀加渓はアケミの妹なので、マルキーニに取っても知らない人ではないはずだ。 おそらく鳳仙圭がその辺りの説明をおざなりにしたのだろう。
『その事を伝えれば、マルキーニとの戦いは回避出来る。』 そう考えた時、その当人であり、カズ子に取って一番信頼している人物がこの場に現れた。
「ア、アケミさん...」
「あり?陸刀のお姉ちゃん。」
カズ子がとりあえず無事である事を確認したアケミは、顔を綻ばせた後、ゆっくり歩いて加渓とマルキーニの間に割って入った。
「...無粋な訪問ごめんなさいね? この子、私の妹なの。 あなた達とは初めての対面よね?」
アケミが、親指で背中ごしに加渓を指差して見せる。
「そーなの? なんだあ、そう言ってくれれば良かったのに。」
「説明不足だったわね。 これからはお互いこの屋敷を守っていくの。 仲良くしてあげてね?」
「うん!もちろん! 今も鳳仙のお姉ちゃんと遊んでたんだよ。 それじゃ、みんなで遊ぶ!?」
飛び上がりながらはしゃぐマルキーニに、アケミは背を向ける。 カズ子から見るアケミの顔は血の気が引いていた。
「ごめんなさいね? ホラこの子見て、震えてるでしょう?」
アケミは、壁にもたれて縮こまっているカズ子の側まで行くと、背中と両足を抱えて持ち上げる。 お姫様だっこと言うやつだ。
アケミに抱きしめられて安心したのか、カズ子の体の震えが一層強くなった。 マルキーニが見ても、カズ子が震えているのは解る。
「この子ね、今、風邪ひいてるの。 だから今日はこれで終わりね?」
「そっかー、風邪ひいてんじゃしょうがないねーっ。 でも、もし拗らせて死んじゃったら言ってね?」