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傘の形をなした広葉樹の木にもたれ掛かるように、雪之絵 命は眠りこけていた。
側にある『芝生入るな』の立て札が示す通り、広葉樹の下には一面綺麗な芝生が広かっている。
初めは芝生の上に寝転んでいた命だったが、枝葉の隙間からの零れ日に、肌を焼かれるのを恐れて、座った状態で寝る事にしたのだ。
命のいる中庭は、北と南を二つの同じ形をした校舎に挟まれているものの、東と西が大きく開いているおかげで太陽の恵みには事欠かない。
特に、梅雨前のこの時期は、毎日昼寝日よりである。
元々寝不足なのも手伝って、寝付いてから随分と時間が経っていた。
今日は、学校終わるまでこうしてようかな。などと夢の中で思っていると、校舎と中庭を繋ぐ扉が、壊れたと思うほど乱暴に開かれた。
「みこと!!」
続いて、命を名指しで呼ぶ、お馴染みの声。
カズ子だ...。 うるさいのも、騒がしいのもカズ子らしからぬ行動だが、カズ子の声を聞き間違うはずもない。
扉が乱暴に開いた事で目を覚ました命は、目を瞑ったまま、カズ子が側に来るのを待つ。
「...?」
何時まで経っても寄って来ないカズ子を不審に思った命が、片目を開けて様子を覗って見ると、先ほど開けた扉に凭れる形で、カズ子が蹲っていた。
「何!?どっどうしたの!?」
ここに来て、やっと、ただ事ではないと悟った命が、飛び起きてカズ子の側まで走る。
しかし、カズ子の側に近づいてみて、まだ本当の意味で”ただ事ではない”のを知らなかったのだと思い知らされた。
「...なに?どうしたの?その足。」
命の声がかすれる。 正直、血の気が引いた。
どす黒い、などと言う生易しい色ではない。 カズ子の足を見て、命が連想した物はヘドロだ。
さらに、女の子の片足であるはずが、成人男子の胴体ほどの太さまで腫れ上がっていた。 これで連想した物は、昆虫の背中にくっ付いている、それ以上の大きさの寄生虫だ。
「私はいいからっ!早く教室戻って!!」
続いて何か言おうとした命を、力ずくで遮るように、カズ子が言葉を荒げる。
「高森君とタケ子が危ないの!!命が行ってあげないと、二人とも壊されちゃう!!」
それでも、まだ何かを言おうとしている命を、キッと睨み付けて胸座を掴む。
「命とお母さんを引き裂いた連中が現れたって言ってるの!!早く行きなさい!!!」
今の言葉で、命の目の色が明らかに変った。
「判った、行く、けどっカズ子!!そこ動いちゃダメよ!?すぐに迎えをよこすから!!ちゃんと待ってなさいよ!?」
教室に向けて走り出しながら、何度も振り返り、カズ子の叱咤に負けない大声を上げる。
カズ子は、その都度、命に分かる様に大きく肯いて見せた。
廊下の先を折れ曲がり、命の姿が見えなくなる。
「...やっぱり、命はどっか抜けてるわ。そんな何度も念を押さなくても、この足じゃ動きたくても動けないよ。」
ここにやって来るまでに聞き続けた、骨と骨が削り合うゴリゴリという寒気のする音が、カズの耳に今でもこびり付いていた。