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高森夕矢は、陸刀ヒットマン達の実力に意識を奪われていた。 しかし、目の前に居るこの男の存在に、声をかけられるまで気が付けなかったのは、この男があまりに静かだったからに他ならない。
莫大な殺気を発散させながら戦うヒットマン達と違い、日常生活と変わらない雰囲気で佇む男。
戦場でありながら、ただ敵を倒す事だけに気持ちを捕らわれない実力と自信の持ち主。 病院の屋上で見た、皆月京次を彷彿させるものである。
「......」
高森は、声を掛けられた後、ろくろくまともな返事も出来ずに目を見張った。
格闘家のはしくれとして、一目見れば解る。
この男の肉体は、相手を楽に殺す為だけに造られた、いわゆる”殺し屋”の体では無い。
自分や皆月京次のように、強くなる為に鍛えた”格闘家”の体であった。
呆然とし続ける高森夕矢に、青い支那服を着た男は微笑を浮かべて見せた後、とある場所を指差してこう言った。
「君を、俺達とは違う種類の人間と見こんで頼みがあるんだ。」
青い支那服を着た男が指差した先。 そこでは、赤い髪をした少女が戦っていた。
彼女の両腕に付いている無骨な武具の中には、特殊な液体が仕込んであった。
一方の液体だけなら害は無いが、左右両方の液体を混ぜ合わせると、化学反応を起こし燃え上がるのだ。
「ふん、イザとなったら屋敷に火をつけるつもりだっんだがな。」
少女の戦う姿を見ていた貴時が忌々しげに呟いた通り、死体を燃やす炎が屋敷に燃え移る様子は無い。
敵の多い鳳仙家の屋敷は放火への対策も万全で、屋敷に使用されている木材全てに燃えない薬品を染み込ませてあるのだ。
同じように少女の戦う姿を見ていた高森も、貴時とは別の意味で怪訝な表情を浮かべていた。
面白い得物のおかげで、戦いを優位に進めている彼女であったが、その動きはぎこちなく、他のヒットマンに比べると、哀れなほど情けなかった。
体術に関しては、高森の通う空手道場の白帯並みと言って良い。 生命の取り合いを生業にしている者にしては、あまりに御粗末である。
「!」
予想だにしていなかった青い支那服を着た男の言葉。 いや、その可能性に、高森が気が付かなかっただけだ。
殺し屋と行動を共にしているのだから、この娘も人殺しである、と。
「アケミを救い出せば、あの娘が殺し屋になる理由も無くなる。 君と同じ種族のままだ。」
「京次さんをご存知なんですか!?」
陸刀の殺し屋の口から出た、意外な名前。
「ああ、格闘家として練習試合をして、負けた。 もう、十年近く前の話だ。 もっとも、その後、修行の為に中国に渡ったから、京次氏は俺の事など覚えてないだろうな。」
懐かしそうに喋る彼の横顔には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「それは解りませんよ? 後で、京次さんに聞いてみましょうか? あなたのお名前は?」