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陸刀の別館。 つまり、陸刀ヒットマンの住む建物は、鳳仙家の連中からは”犬小屋”と酷評されるほど粗末なものだった。
山のふもとにある、大昔は病院だったその建物。 今は閉鎖され、長年そのまま放置されていたのだが、それを陸刀家が買い取り、何の改装もせずに自分の飼い犬であるヒットマンと、その予備軍に与えたのである。
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その建物の玄関から、朱吏陽紅が長い旅路につこうとした時、後ろから呼び止められた。
朱吏陽紅が振り向くと、そこには、赤みがかった肌と髪の毛が特徴的な、男の子と女の子が立っていた。
「朱吏さん、中国、行くんですよね?」
「...ああ、ある男に完敗したんだ。 今のまま、同じ修行していても、その男には勝てないと思う。」
「ボスにも、了解取ったしな。」
この当時の陸刀の首領はアケミではなく、その父親であった。 今のアケミ程ではないが、自分の飼い犬が強くなる事には肝要だったのである。
男の子の後ろに隠れている女の子が、その言葉を聞いてジワリと、瞳を潤ませる。
それに気が付いた朱吏陽紅は、慌ててその女の子の頭を撫でる。
「待て待て! 泣くような事じゃないって! たとえ俺がいなくても、兄キもいれば、アケミもいる。」
もう既に、この頃から、アケミは進んでヒットマン達の輪の中に入るようにしていた。
かつては、囚人扱いだった陸刀ヒットマンの生活を、アケミ自ら改善して行く事により、今では、”犬小屋”ながら学生寮のような明るさがある。
この女の子も、昔なら、同じ陸刀のヒットマンに犯されたかも知れないが、今ではその心配も無い。
アケミの名前を出された女の子は、泣くのを何とか堪えてコクリと肯いた。
「それであのー、朱吏さんの元の名前って、太郎っていうんですよね?」
「うん?ああ、そうだが?」
朱吏陽紅というのは、陸刀に来てからの呼び名である。 元々は、太郎という名前だ。
「その名前、選別代わりに、俺にくれませんか?」
「?...そりゃいいが、太郎なんて、どこにでもある名前だぜ? それに、外国人のお前には、自分の国の名前があるじゃないか?」
「いやーホラ。 俺等って、物心つく前に親に捨てられたから、今の自分の名前って、自分で勝手に名付けたものなんすよ。」
「そうか...」
「しょうがないだろ? 太郎なんて、男の名前なんだから。」
現在、太郎という名の男の子が、きつめの口調でそう言うと、女の子の瞳が、またジワリと潤み出した。
「待て待て、他人が付けた名前で良いのなら、俺が名付けてやるよ。」