。
知ってのとおり、俺が持ってる拳銃は偽物だ。チンピラ相手の脅しや、怯ませるのには役に立つが、ヒットマン相手に通用する代物じゃない。『敵』である三家の強さは、少なくてもプロの殺し屋レベルと考えておいた方が無難だろう。
だが、今の俺では本気になったヒットマン相手に、どこまで対抗できるか分かったもんじゃない。
生き抜く知恵は、それなりに身に付けてきたつもりだし、体だって鍛えた。チンピラや大人相手の喧嘩もこなしてる。
それでも所詮、俺の体は小学生のそれだ。鍛えるにも限界があるし、未発達な肉体を必要以上に鍛えようとすれば、強くなる前に体が壊れちまう。
武器に頼らずに、親父や敵より強くなれるに越した事はないが、それが無理なら目的の方を優先する。だから、この拳銃という武器を、人を殺す事の出来る代物に変える必要があった。
そのための海外旅行ってわけだ。そして、目的地は目前に迫りつつある。しかし…
(……つけられてる?)
そこで俺は歩みを止めた。
(さっき倒したジョニーとかいう奴の仲間…じゃないな。いくらなんでも行動が早すぎる。とはいえ、周りにいた他の連中は奴がやられただけでびびって、蜘蛛の子を散らすようにいなくなっちまった。それから俺にここまで感づかせずに、つけて来られるとも思えない。となると……)
そんな俺の後ろに、小柄な人影がヒョコッと姿を見せた。
「!!」
すぐさま振り向く。が、やはりそこには誰もいなかった。
「…………」
少しだけ思案した俺は、再び前方へと歩みだした。
。
俺が歩を止めた場所は、古ぼけた煉瓦造りの建物だった。
2階建てのその家の外壁には、ひび割れや落書きが多く見られ、ところどころツタが根をはっている。窓は半分以上割れており、外から板が打ち付けてあった。
スラム街だ。今更驚きはしない。住所はここに間違いない…はずだ。
地上から1メートルほど下方まで伸びているコンクリートの階段を降りると、そこが建物の玄関…入り口だった。ドアには黒いスプレーで『Wellcome!』と書いてある。本気なのかジョークなのか微妙なところだ。
ドアノブに手をかけた俺は、かなりボロい扉を手前に引いた。
。
ギ…ギギギギギィギィイィ……
。
耳障りな音を立てて扉が開く。
そのまま埃が溜まった廊下を真っ直ぐに進むと、突き当たりの扉には『Gun-Smith』と書かれた看板がかかっていた。
(やはり、間違いないか)
その扉に手をかけると、今度は意外と軽く開いた。
。
ズドン!!
。
「!!?」
少し頭を仰け反らせた俺の目の前を、何かが通り抜ける。ビシッ!という音がしたと思ったら、すぐ横の壁に穴が開いていた。
「Freeze!!」
部屋いっぱいに、男のしわがれた怒声が響いた。
先ほどの音は、どうやら発砲による銃声らしい。そして、今しがた開けられた穴からは、僅かに煙が上がっている。それに対して、こちらの手札はかなり貧弱だ。
(チッ…)
少し後悔した。銃弾が俺に当たらなかった直後に、素早く部屋から出るべきだったかもしれない。相手が一人なら、それまでに撃てる銃弾はオートやマシンガンでないかぎり、せいぜい一、二発。それさえ凌げればドア越しに俺を狙うのは難しくなったはずだ。当然、それはそれで危険が伴う賭けではあるが…
しかし、今となっては遅い。油断無く部屋を睨みながらも、俺は大人しくする事にした。
部屋の広さは16畳はありそうだ。窓はカーテンで閉ざされており、灯かりはついていたがやや薄暗かった。(サングラスをかけてるから…というわけじゃなさそうだ)
壁や天井には、拳銃の写真やポスターが所狭しと貼られており、カウンターの奥のショーウィンドウには『実物』が入っているようだ。
そして、カウンターの向こうでは、ライフル銃を俺の方に向けて構えた男が一人。60…いや70歳を越えているだろうか。色黒だが、日焼けなのか黒人なのかはよく分からない。白髪だらけの頭…頭頂部の髪はかなり薄くなっている。
油にまみれた作業用のツナギを身に付けた、その姿はいかにも『職人』といった雰囲気だ。
「Holdup!」
その言葉に従うように、俺はゆっくりと両手を上げた。
「おい、俺はミスター・グリーンの紹介で来たんだ。それともなにか、この店では客にいきなり銃をぶっ放すのか。」
嫌味の一つでも言わないと、気が済まない。
「客じゃと?随分と礼儀知らずなボーイだな!人の家に無言で入ってくる奴があるか。」
(ボーイ…)
子供扱いされた事にやや苛立ちを覚えたが、実際俺は子供なわけだ。それに、この国では30歳くらいの男だって『ボーイ』と呼ばれる事実を思い出した。
「…チャイムなんて付いてなかったぜ。」
一応、反論してみる。
「だったらノックするなり、ドアを開ける前に一声かけるなりあるだろうが。まったくもって、最近のガキどもは無礼極まりないわ。」
「日本じゃ店に入る時に、いちいち断りを入れる奴はいない。」
「ここは日本じゃない…。それにな……まともな店でもない。」
と答えながら、やっとライフル銃を下ろした男は、ニヤリと笑みを浮かべた。
ようやく危機を脱した俺は、溜め息を一つ吐くと早々に会話に入る。
「あんたがスミスさん…通称『ガン・スミス』か。」
「そのまんまだな…というツッコミは聞き飽きたぞ。」
ガン・スミスは意外に人懐っこい表情を見せる。これが地なんだろうか。だが、そんな事はどうでもいい。俺はとっとと本題に入ることにした。
「ピストルを見たいんだ。」
「分かっとるよ。ここは銃専門店だ。それ以外の用事はお断りだな。」
どうにもこの老人は、挑発的な言動が鼻につく。とりあえず落ち着くためにタバコを咥えると…
「よさんか!!そこらじゅうに火薬があるんだぞ!丸焦げになりたいのか!?」
「……!」
やや焦りながらタバコをしまう俺の脳裏に、ふと疑問が湧いた。
「おい、あんた。そんな火薬が充満した所で、さっき堂々と発砲してなかったか?それに匂いだって…」
「クックックック…」
笑ってやがった。この時、胸中に殺意が湧きそうになったが、それをなんとか抑える事に成功した。
(本当に喰えないジジイだぜ…)
「すまんすまん。だが、奥の弾薬庫には本当に火薬が詰まっとるんだ。そこではタバコは厳禁だぞ。」
「そんな場所に行く気はねーよ……ん?」
そこで気がついたが、カウンターの端には妙な物が置いてあった。
「……!!」
それはシャレコウベ…すなわち人間の頭蓋骨だった。けっこう小さいその額の部分には、大きな穴が開いていた。
よほどジッと見詰めていたのだろうか。スミスが、例のニヤニヤ笑いで話し掛けてくる。
「ん…そいつが気になるか?」
「まあな。少なくとも、日常生活であまり見かけるもんじゃない。」
「ここら辺はスラムでも物騒だ。特に悪ガキどもが多くてな。そういうジャンクキッズは、常に力を欲しがっとる。」
なあ?と、奴の目が俺に語りかけてくる。
「…続けてくれ。」
「フン…。手っ取り早い力…それは武器だ。特に重火器なら、大抵の人間を死に至らしめる事が出来る。そして奴らのすぐ近くには、そういう武器を取り扱ってる人間がいた……要するにワシの事だな。」
そう言って、スミスは先ほどのライフル銃を、カチャッと器用に一回転させた。
(おいおい、一応セーフティはかけといてくれよ…)
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、奴は話を再開した。
「ならば、ガキどもの考えることは想像がつくだろう?ここにある武器を、手に入れようとしたのさ。とはいえ、あいつらは金に余裕なんか無い。徒党を組んで、力ずくで奪いに来おる。ワシもまっとうな商売はしとらんし、ポリスなんかは頼れん。ただでさえ、ここは政府も半分見捨てた無法地帯だしな。だから、ワシはワシの力でジャンクキッズを追い払った。」
スミスはシャレコウベをむんずと掴み、
「その中でも、こいつは特に見事に命中したぞ。ドタマにズドーン!…とな。10歳くらいのボーイだったかな…もちろん即死だ。フフン。」
と自慢げに語った。
俺は背中に寒いものを感じた。これこそが、この街の現実なんだ。
「ワシはこの頭蓋骨を、常に店に置いとる。この店で悪さをすればこうなるぞ!…という見せしめとしてな。…どうした?顔色が良くないぞ。」
俺の耳には「この店で悪さをすればこうなるぞ!」という言葉が「ガキが力を手に入れようとするとこうなるぞ!」と聞こえた。
(明日は我が身…か。だが、俺はそれでも…)
「…いや、大丈夫だ。もう前置きはいいぜ。物を見せてくれよな。」
「フン。…そうか、分かった。」
俺の覚悟を見て取ったのか、スミスは納得したように、奥の部屋に引っ込んでいった。ただ、俺に一つだけ言えるのは、
「やっぱ、あのジジイ。喰えねえぜ。」