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―――あれは一ヶ月ほど前だろうか。
俺は自分の家の近所にある公園に来ていた。周囲には『俺達』以外は誰もいない。
俺の目の前には、一人の軽薄そうな男が立っている。だが、決して軽薄なだけの人物じゃない。
この人こそが、件のミスター・グリーンだ。もっとも、その名前を使うのはネットを通じたやり取りや、ごく一部の特殊な状況ぐらいで、普段は名前で呼んでるけどな。
ちなみに「グリーン」ってのは、彼の名前を一字とってつけたらしい。なんとも単純な事だぜ。
「拳銃が欲しいって……どゆこと?」
そいつは口元に笑いを浮かべながらも、俺が冗談を言ってるわけじゃないと、すでに悟っているようだった。この人はどんな状況においても、自分のペースを乱したりしない。ある意味で尊敬するぜ。
「聞いたまんまの意味さ。」
俺は簡潔に答える。
「それじゃあ答えになってないんでないかい?つまり、貴時ちゃん。君が何でそういうことを言い出したかを…だね…」
「答える必要があるのかい?」
「必要は無いし、想像はつくよん。これでもオレは探偵だ。」
そう。本人が言ってるとおり、この人の本業は一応探偵だ。ちゃらんぽらんに見えるけど、仕事はそつなくこなす。その上、かなりの情報通で、裏の世界の一部じゃ有名な人らしい。
俺は親父を通じて、この人と知り合った。親父も似たような仕事をしてるから、それで彼と出会ったのかと思っていた。だが、どうやらそれは違うらしい。
とにかく、俺はこの人から様々な助言を貰った。コンピューターの非合法な扱い方、情報の集め方、状況の観察の仕方。彼に言わせると、俺はそういう事に関しての才能が有るそうだ。
この人の実践的な技術や、洞察力は目を見張るものが有る。俺が素直に「信用」できる数少ない人物だ。ただし、素直に「信頼」できる人物じゃない……俺は誰も「信頼」しない。
そんな彼が言ってるんだ。その「想像」とやらはおそらく間違っていないだろう。
「だったら、別に理由を聞かなくてもいいんじゃないか。」
「でもね〜、君の口から聞きたいんだよ。ちょっと意地悪かな?」
「大分な…。」
「あちゃ〜、やっぱりか。あんまり意地悪だと、女の子にも嫌われちゃうかな〜。」
そう言って、タハハと笑った。俺はそんな彼を見て、少し考えてから、
「しいて理由をあげるなら、強い力が欲しい…か。」
と答えた。彼は溜め息を一つ吐いてから、口を開いた。
「……そっか。目的は…両親関係…だよねん?それとも命ちゃんかな〜。…とと、そんなに睨まないでよ。」
「フン…」
「君の目的が守る事にせよ、超える事にせよ、それは君らしいと思うよ。でもね、君はまだまだ若い。オレみたいな汚れた大人とは違う。」
「あんたまで偽善ぶった事を言うのか…」
やや失望が混じった声が出る。
「偽善?とんでもない。オレは「善」でも「偽善」でもないさ。オレはオレ。それだけだよん。君が「善」でも「悪」でもなく、ただ皆月貴時であるようにね。…たださ、君に「覚悟」があるならそれでいいんだよ。」
最後の方の言葉は普段の口調よりも、やや真面目な感じがした。
(何の覚悟だよ…)
そんな疑問が、俺の頭にぼんやりと浮かぶ。
「で、どんな拳銃がイイんだい?」
彼はさっきの言葉なんて無かった風に、にこやかに言ってきた。
「は?」
おかげで、我ながら間抜けな返事をしちまった。
「だからさ、拳銃が欲しいんでしょ。トカレフやニューナンブあたりなら、すぐにでも持ってこれるけど。それでイイかにゃ?」
「……えっと、そうだな。そいつはいらないよ。」
「ん、なんで?拳銃欲しいんでしょ。それともトカレフとかは、好きじゃなかったかな?」
「そうじゃない。どんなのがいいかは自分で選ぶ。だからさ、そういう店を紹介して欲しいんだ。」
さすがに、何から何までこの人に頼るのは面白くない。それに、自分のエモノは自分が納得したものでなければ意味が無い。
「そゆことね。う〜ん、店ねぇ…」
と大袈裟に腕を組んで、空を見上げ始める。この人はいちいち芝居がかった仕草をする。だから、どこまでが冗談でどこからが本気か見抜きにくい。
「別に日本じゃなくていい…っていうか、むしろ海外がいいな。」
という俺の言葉を受けて、彼の表情がいつも以上に緩んだ。
「な〜んだ。そうなんだ。んじゃ、ここなんかどうかな?」
サラサラとメモ用紙に店の主要事項を書き込むと、それを俺に差し出した。
「…『Gun-Smith』か。」
「うん。ちょっと主人が気難しくって、表立った商売はしてないけど、大概の拳銃はそこで揃うよ。軍用のソーコムピストルだって入手できる。」
まるで、自分の事のように自信満々に告げる彼を横目に、俺はメモ書きを読み始めた。
スミスが席を外してから、5分ほどの時間が経ち、目の前のカウンターには幾つかのケースが並べられていた。
「さて、ボーイ…」
「貴時だ。皆月貴時。」
「ボーイはボーイさ。それにお前さんだって、気安く名前を呼ばれたかないだろう?」
このジジイは、いちいち俺を見透かしたような態度をとりやがる。だが、これで怒ったら奴の思う壺だ。黙っておく事にする。
「で、どんな銃が見たい?」
「そうだな…。まずは、あんたのお奨め品を見せてくれ。ただし、さっきみたいなライフル銃は遠慮しとくぜ。服の中に隠し持てる程度の、ピストル限定だ。」
「隠し持つ…か。だったら、これが一番だな。」
そう言って開けたケースの中には、オモチャじゃないのかと思うような、小さなピストルが入っていた。
「デリンジャーじゃ。袖口に隠し持つ事だって出来る。超小型のピストルで、二連発式のコンシールウエポン。まあブローニング・ベビーって手もあるがな…」
デリンジャーを手にとって見てみる。どうにも、ちゃちな感じがぬぐえない。
「こいつは二連発式というよりも、二発しか弾が入らない…の間違いじゃないのか?」
「フム。まあ、そうとも言うな。」
「ふざけるなよ…。こんな物が実戦で使えるか。」
「実戦も知らん小僧がよく言う。かのリンカーン大統領の暗殺にも、これと似たタイプのピストルが使用されたんだぞ。上流階級の人間の護身用にも、よく用いられとる。かなりメジャーな武器だ。」
「俺は暗殺がしたいわけでも、護身用に持ちたいわけでもないんだよ。」
「…そうか。じゃあ、これなんてどうだ。」
次にスミスが開けたケースの中に入っていたのは、綺麗なデザインをした、これまた小さめのピストルだった。
「ベレッタ・ジャガー。扱いやすいし、その美しさから、女性用のピストルとしてよく知られている。特にそいつは女性専用に作られたモデルで、子供であるお前の手にもフィット…」
その言葉にカチンと来た。
「子供扱いはまっぴらだ。大人用のを用意してくれ。」
「大人用…か。まあ、いいだろう。ほら。」
そう言ってスミスが開けたケースの中には、モデルガンのようなピストルが入っていた。
「モデルガン…か?」
つい、正直な意見が口を吐いて出てしまう。
「いんや。れっきとしたピストル、グロック22だ。40口径で、見てのとおりプラスチック製、というか素材にポリマーを使用しておる。例え所持してるところを見つかっても、モデルガンということで隠しとおせる……かもしれん。」
「かもしれん…ってのが、怪しいな。それにプラスチック製で強度の方は大丈夫なのか?」
俺は疑いの眼差しでスミスを睨みつける。
「強度の方は問題ない。これでも実績のあるピストルだぞ。ちなみに、こいつはコンペンセイター(銃身に穴をあけて、射撃時のガスを逃がす事で反動を減らす装置)を標準装備させたモデルでな。反動が少ないから、お前みたいな子供でも比較的扱いやすいじゃろうし、精密かつ連続的な射撃に向いとる。」
「俺は大人用を見せろ、と言ったんだぜ。」
「別に、それは子供用じゃないぞ。いかに反動を少なくしたからといっても、子供が扱える代物じゃないと思うがな。ま、おまえさんは一応、体を鍛えてはいるみたいだが…」
「それにしたってだ。今の説明を聞いた限り、コンペンセイターで弾丸を押し出すガスを逃がしてるんだろう?じゃあ、威力が落ちるって事だ。違うか?」
「フム、正解じゃ。確かに精度を上げた為に、パワーは多少なりとも犠牲になっとるよ。…さすがにミスター・グリーンがよこすだけの事はあるな。ガキの割りにはよく気がつくわい。」
「誤魔化すなよ。…ところで、さっきからオートマチックとかデリンジャーを見せてるが、この店にはこういったリボルバーは置いてないのか?」
俺は懐からエアガンを出して見せる。
「コルト・パイソン…モデルのエアガンか。なんじゃ、オートは嫌いか?今や主流はオートマチックだぞ。何といっても使いやすいし、装弾数が多いしな。」
「でも、威力はリボルバーに劣る…だろ?」
すぐさま痛い所を突いてやる。
「まあな。絶対的に劣るわけじゃないがな。ただ、リボルバーの方が構造が単純で、強度の向上が容易って事だ。だからマグナム弾を始めとした、強装弾を撃つのに適しとるな。」
「俺が欲しいのは、敵を確実に仕留められるほどの、威力のあるピストルだ。そういうのもあるんだろう?」
俺の意見に、呆れた様子で溜め息を吐きながらも、スミスは説明を始めた。
「分かったわい…。リボルバーで有名どころと言えば、コルト、ルガー、あとはS&W(スミス・アンド・ウェッソン)あたりか
ちなみに、これがお前さんが持っとるコルト・パイソンの本物じゃ。」
ゴトッという音を立ててカウンターに置かれたそれは、形は似ていても俺のエアガンとは色々な意味で重みが違っていた。
実物を手にとってみると、ますます重さが伝わってくる。気持ちは高揚してるのに、どこか冷めていく感覚。
(冷たいな。これが人殺しの道具か…)
先ほどのピストルでも、確かに人は殺せるだろう。それなのに、何故かいまいちその重みが伝わってこなかった。だが、今俺が持ってるこれは違う。直接、手に重厚さを感じる事が出来る。
下手をしなくても命を奪える代物だ。こうでなければいけないと思う。遊び半分で振り回せる軽さじゃ、凶器としての実感が湧かないんだよな。
「撃ってみていいか?」
「いいわけあるか、ボケ!家に穴を開ける気か!」
(さっきは自分で穴を開けてやがったくせに…)
とは思ったが、どう言っても逆に言い返される事は分かっていた。どうやら、この店に射撃場は無いようだな。
「まったく、ガキは力を手に入れたら、すぐにそれを振るいたがる。」
「ガキじゃなくても…だろ?人間ってのは強力な力を持っちまったら、その力を振るわずにはいられないんじゃないのか?」
「だからガキだというんじゃよ。本当に強い人間というのは、不用意に力を誇示したりはせん。強い力というのは、えてして騒動を引き寄せるもんだ。そのせいで自分はおろか、周りの大切な者達まで傷つけかねん。お前さんもそこのところを、わきまえんといかんぞ。」
スミスの言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは親父の姿だった。あいつは半端じゃなく強いくせに、そういう素振りを見せる事はほとんど無い。
スミスの言う事が真実だとするならば、親父は本当の意味で強い人間だってのか?例えそうだったとしても、あいつは父親としては最低なんだ。最低……のはずなんだ。
俺は首を軽く横に振ると、スミスに対して次の要求をする事にした。
「じゃあ、リボルバーの中でも一番強力なのをくれ。」
「……!?」
「どうした?早くしてくれ。」
手に持っていたパイソンを突き返しながら、催促する。
「そのパイソンの反動に耐えられるかどうかも分からんくせに、さらに強力なピストルじゃと…!」
「試し撃ちさせてくれなかったのはあんただろ。いいから早くよこせよ。」
自分でも無茶苦茶を言ってるとは思う。だが、どうにも胸の中で「強い親父」というのが渦巻いている。なんとしても、俺はあいつを超えたい。
「ミスター・グリーンも、とんでもない小僧を紹介してきたもんだ。お前さん、あいつとはいったいどういう関係なんだ?」
「プロの商売人ってのは、そういうことを詮索しないもんじゃないのか?」
絶対に教えられないわけじゃないけどな。今までの事もあったし、俺なりのちょっとした反撃だ。
「知った風な口を利きおって…。まあいい。」
スミスは一旦奥の部屋に引っ込み、ホルスターに収められたピストルを持って戻ってきた。
そして、ホルスターから抜いたリボルバーを、丁寧にカウンターの上に置いた。
「何が最強のリボルバーかというのは、人によって意見が分かれるとは思うがな。ワシの中での最強といえば、こいつだ。」
そのピストルは今までの物と比べると、大きくて肉厚もあった。銃身も長い。これは、かなり重そうだ。
「このピストルは…?」
俺は思わず見とれながら訊いた。
「スターム・ルガー社のスーパー・レッドホーク。銃身長9.5インチタイプ」
「レッドホーク?ブラックホークってのは聞いた事あるけどな。確かどこぞの刑事漫画の主人公が愛用してた…」
「パワーも大きさもブラックホーク以上じゃよ。もともとハンティング用に作られた大口径マグナムでな。それゆえ精度も高い。使用する弾丸は『44マグナム』『454カスール』『480ルガー』どいつもこいつも超強力だ。特に『454カスール』弾を6発装弾できるピストルは世界広しといえども、このスーパー・レッドホークだけだ。」
「へぇ…」
俺は感心したように聞いていた。
「それだけのハイパワーじゃからな。どでかい反動を和らげるために、グリップはクッションドグリップを装着しておる。先ほどお前さんが言っておったスーパー・ブラックホークがシングルアクションであるのに対して、こいつはシングルアクションとダブルアクションの両方に対応したリボルバーである事が大きな違いだな。」
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ちなみにシングルアクションってのは、トリガー(引き金)を引くことでハンマー(撃鉄)が落ちるタイプだ。トリガーに余計な力がかからない分、命中率が高い。だが、トリガーを引く前にハンマーを起こしておかなければいけないから、射撃に要する時間が長くなる。
それに対してダブルアクションは、トリガーを引く事でハンマーが起こされて、尚且つハンマーが落ちる。トリガーを引くだけで弾を発射する事ができる分、射撃に要する時間は短くて済む。だが、トリガーの力でハンマーを起こすために、余計な力がかかって銃口がブレやすい。結果として命中率に欠ける。
要するにトリガーを引く事で起こる動作の数が、一つならシングルアクション、二つならダブルアクションってことだな。
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俺は目の前に置かれたピストルに手を伸ばし、グリップを握る。
「………」
「…どうじゃ。重いだろう?」
「ああ、そうだな。これでもかってくらいに重い。…だが、なんとなく手に馴染む感じがするな…」
それは俺なりの本心だった。
「フン。そいつはどうかな。拳銃ってのは、長く使ってこそ手に馴染むもんだ。」
「チッ…」
俺は舌打ちするが、スミスの言ってることもまた事実だろう。
「で、銃弾は何発欲しいんだ。スコープとかサイレンサーは付けるか?」
「銃弾は『454カスール』弾を6発。他の品物は、付けると携帯に厄介だからいらねえよ。長距離射撃とかに使う気も無いしな…。それに代金の方も……」
「ケースとかは付けんぞ。お前さんには不似合いな、そのジャケットの内側に入るじゃろう?」
(不似合い…俺が小さいってことかよ。)
そう思ったが、正解なので言い返せない。俺が自分のサイズより大きいジャケットを羽織る理由はズバリそこだったからだ。これなら拳銃を携帯していても、不自然に上着が膨れなくていい。
「これが金額じゃ。」
無愛想に突きつけてきた電卓の数字を見て、納得する。思ったよりも高いが、俺みたいな日本人のガキに売ってくれるわけだし、アンダーグラウンドな店ということもある。それにおそらく品物もいいんだろう。
俺は懐から札束を出して、その中から代金をカウンターに置いた。
「これで、こいつは俺のものだ。」
俺はそう言うと、スーパー・レッドホークをジャケットに収めた。
「じゃあな。」
店を出ようとする俺に、スミスが声を掛けてくる。
「おい、ボーイ。もしも返品したい時はミスター・グリーンに言え。一週間以内なら受け付けてやるぞ。サービスじゃ。それとピストルを国外に出す時は…」
「心配いらないよ。そっちの方はミスター・グリーンに手配してもらってる。」
「そうか…。それとな、こいつは忠告だ。少なくともこの町を出るまでは用心しておけよ。知ってのとおり、ここいらはジャンクキッズの溜まり場だ。そいつらに目をつけられたら、ピストルを奪われるぐらいじゃ済まんぞ。」
「悪いが、とっくに目をつけられてる…と思うぜ。」
「…そういえば、家の周りをネズミがチョロチョロしておるようじゃな。ならば、とっとと出て行ってくれよ。ここで暴れられたら堪らんからな…」
スミスは俺に向かって、片手でシッシッとやった。最後まで喰えないジジイだったぜ。
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久しぶりに太陽の光を浴びた気がする。
俺があの店にいたのは、ほんの十数分だってのにな。
開放感が俺を襲ってくるが、スミスの忠告もある。油断はせずに店を離れる事にした。
―――そして、
ヒョコッと背後から現われた人影が、とてとてとついて来る。
そのまま、前方の角を右に曲がると……
「あれー、いないよー。」
目標を見失った事に驚いているんだろう。その人影は、キョロキョロと周りを見回した。
「こっちだ…」
上空から呼びかけた俺に、顔を向けてきたその人影。それは、まだ幼い少女のものだった。