「なあ、雪之絵、お前に殴られた頭がえらく痛ぇんだがな...」
「はぁ?何言ってんの?」
「言った通りさ、ちとヤベエかもな。」
俺の呟きに、雪之絵はぷっと吹き出した。
「あはははは、だからロープ解けって?馬鹿じゃないの!?そんなハッタリ誰が信じるって言うの?」
「....嘘じゃないさ。」
俺は少しだけ俯き、間をおく。そして雪之絵が興味を無くし視線を動かす前に、俺の口から大量の血が吹き出した。
「!!」
その様は、先ほど詩女が汚物を吐き出した勢いに匹敵するほどだった。
覚悟を決めていた俺でさえビビる量だ。詩女はもちろん、さしもの雪之絵も驚きを隠せなかった。
とは言え、少しヤバい。この出血の量は想像をはるかに超えている。人は血液が体の三分の一流れ出ると死に至るらしい。その量がどれぐらいの物かまったく解らないが、このままでは、そこまで行くに時間はそれほど必要ないだろう。
正直、ヤバすぎる賭けだった。
「京次!!」
詩女が叫ぶ。予想だにしていなかったのか、雪之絵も血の気を失っていた。
「何とかしてよ!!京次、死んじゃうよぉ!!!」
狂った様に喚き散らす詩女に、雪之絵が押されている。どうするか決め兼ねて、立ち尽くしているのだ。
「ど、どうしよう。」
「びょーいん!!!早く連れて行かないと死んじゃう!!!」
「......」
雪之絵は、この期に及んでも渋っている。このまま病院に連れて行き、俺を手放すのが惜しいらしい。
「...しかたないわね、私の家に連れて行って、その後主治医に見せるわ。」
「なんでもいーから!早く!!」
雪之絵は血を吐き続ける俺の側に寄り、ポケットから取り出したナイフで、手首と体育館の柱に繋がっている部分のロープを切り離した。
両腕の自由を良しとしないのは用心深いが、これでも十分だ。動き回れさえすれば、目的は果たせられる。
俺は全身のバネを使って、跳ね上がる様に、頭突きを雪之絵の下顎にぶち当てた。
「!!」
強いとはいえ軽量の女だ。俺の一撃に宙を泳ぎ、ドタンと床に倒れこんだ。
先ほどの嘘と違い、本当に殴られた側頭部が響いたが構っちゃいられない。俺はすぐ様、ナイフを持っている右手首を踏みつける。
「!?」
握力が弱り、ナイフが手から落ち、それを詩女の方へと蹴飛ばした。飛んでったナイフは、うまく詩女の側へ転がる。
俺の身に何が起こったのか解っていない詩女だったが、そのナイフで自分の手枷を外せ、と俺が言いたいのは理解したらしく、すぐにナイフを取った。
しかし、身の後ろでガッチリ縛られたロープを、その縛られている手を使って切ろうと言うのだ。随分時間がかかるのは間違いない。少なくとも、今から始まる俺と雪之絵の一騎打ちには、とても間に合うまい。
この時、いきなり雪之絵の足が飛んだ。
それを俺はバックステップで躱す。
蹴りの反動を利用し、トンボをきる様に立ち上がる雪之絵。まだ顎が痛いらしく、手で押さえている。
「一体、何なの?」
今の疑問視は、俺の流血の理由ーを聞いているのだろう。俺は、ベロンと舌を出して見せた。
「!!!」
息を飲む雪之絵と、はるか横の詩女。
俺自身は見えないが、おそらく俺の舌はザックリと切り裂かれていて、ある一部分で辛うじて繋がっている、と言った感じだろう。
雪之絵をかつぐために、俺は自分で舌を噛み切ったのだ。加減が分からなくてやり過ぎたとは、自分でも思う。
俺は舌を口の中にしまい、傷口の奥にかぶりついた。こうして血管を圧迫しておけば、多少はもつと思う。
少なくとも、雪之絵に制裁をくわえるまでは。
「.....なるほどねえ。」
雪之絵の表情に余裕が戻る。
「...ま、いいわ、どーせ実力で、京次に、自分が私の所有物であることを分からせるつもりだったし。」