クレイモア 

見れば見るほど、子供の頃とはイメージが違う。

性欲の魔女。その面影は今の雪之絵の横顔には一片も残ってはいなかった。

俺と雪之絵は、無言のまま、夕焼けに照らされる川沿いの道を歩いていた。

俯きかげんの雪之絵を、俺は横目で見つめる。美しさに年齢から来る幼い可愛らしさを共有するその横顔。そして、この雰囲気は、お嬢様たるゆえんだろう気品と優雅さを厳かにも感じさせる物だった。

「話、あんじゃねーのか?」

自分でも冷たいと思うその言葉に、雪之絵の体がピクリと反応した。

「うん...ごめんなさい....。」

俺は足を止め、雪之絵も足を止めた。どちらともなく正面から向き合い、お互いの目を見つめる。

「なぜ、あやまる?」

「私、昔随分ヒドイ事してたよね、あの頃は解らなかったけど、さすがに今は解るよ、京次をどんなに傷つけたか、だから...」

最後の方はよく聞き取れなかった、語尾も震えている。

「なあ、お前さ、なんであんな女になっちまったんだろうな、小学校の3年ぐらいまではフツーのガキの遊びしてたよな。」

ここで初めて雪之絵は俺から視線を外す、その時の表情は、俺が昔を思い出し、心を痛める時のそれに似ていた。

「おぼえてる?」

「何を?」

「小学3年生の時、私が初めて、京次の事好きだって告白した時の事。」

俺は、そう言われて昔の記憶の紐を解く。 回りの鈍い自分の頭に、少々イラ立ちを感じながら行き着いた先に、たしかにそんな記憶があった。

小学3年の半ば、雪之絵は俺にこう聞いた。「私のこと好き?」と。

俺は、もちろん頷いて見せた。しかし、二人の好きの意味はあまりに違っていた。女の子は大抵早熟なのに対し、俺はあまりに幼かった。

俺の頷きに目を輝かせて、雪の絵は催促する様につづけた。

「どれぐらい!? どれぐらい好き!!?」

俺は、至極の笑顔で答えた。

「ザリガニと同じぐらい。」

思えばこの時より雪之絵は変わった。

俺は思わず顔に手を当てた。あまりに間抜けだったからだ。

それを知ってか知らずか、雪之絵は夕日を見つめながら言葉をつづる。

「私、ああ言われて本とかで調べたの、どうしたら京次が私の事好きになってくれるかって、それで見つけたのが女の体。」

一陣の風が雪之絵の髪を乱す。

しかし、この時、雪之絵が目を細めたのはそのためだけではない気がした。

「でも京次は泣くばかり、そして私は京次の気を引くためにエスカレートして行った....馬鹿よね。」

自嘲的な笑みとともに紡ぐ、その言葉。

俺は、頭を掻きながら、雪之絵とはまったく別の方を見ていた。バツが悪いと言うか、雪之絵を今まで恨んでいた自分が馬鹿らしいと言うか、あるいは、いつまでも根に持っている自分のしつこさに呆れると言うか、なんともよく解らない気分だった。

「ね、京次。」

雪之絵が強い口調で振り向いた。

俺は、視線だけ雪之絵に向ける。

「私、昔と変わってない?あの頃のまま?馬鹿だった子供の時と一緒?」

雪之絵の表情が、一つ一つ疑問視するたびに悲しみに歪んでくる。俺は。

「いや、随分変わったよ。」 そう答えていた。

「そう、」

雪之絵の表情が和らぐ。視線をはずしそうになる。しかしそれに自ら鞭打つ様に、かたくなに俺を見つめる。

「でも、一つだけ、変わってない所あるよ、あるいはもっと強くなった感情、」

雪之絵は、この時ばかりは何の曇りも無い目でこう言った。

「あなたの事が、好き。」


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