もしかしたら、変わったと言うのは嘘かもしれない。
もしかしたら、謝ったのは、怒っている俺をなだめるためだったのかもしれない。
もしかしたら、雪之絵の事全てを信じる事の出来ない俺が間違っているのかも知れない。
でも、今の言葉は。
一つだけ、何の飾りも衒いもなく伝えて来た今の言葉だけは、信じた。
昔の雪之絵の姿は薄れ、目の前に居るこの姿が本物であると、やっと思う事が出来た。
ここにいる雪之絵は、間違いなく俺の事を好きでいてくれた尊い女の子であると、そう思えた。だからこそだ。俺は俺の本心を雪之絵に伝える事が義務であり礼儀であると確信した。
「すまない、俺はお前の事を好きにはなれない。」
雪之絵の表情が再び歪む。
今の俺は、雪之絵のそんな顔を見るのがつらい。でも偽り無い俺の本心を伝える事が、俺と雪之絵の過去の決着になると、そう信じた。
過去の傷跡から逃れるために、二人の関係を無に帰した方がいい。そうすれば、いつか笑顔で話せる日が来るのではないか、そう思う。
どのくらいの時間がたったのだろう、ただ胸の痛みに耐えるだけの時間。そんなもの、たいして長い時間であるはずがない、俺はそれほど耐えられない。
俺は、顔を背けるのを先に踵を返した。
雪之絵は俺を呼び止める事はなく、それでも背中ごしの視線はいつまでも感じていた。
いかに恋愛感情の疎い俺でも、本当に辛かった。たとえ相手が、あの雪之絵であっても。
かつて子供の頃に受けた傷よりも、今、この時の方がずっと痛い。本当にそう思った。
雪之絵と別れた後、気分を落ち着かせるためわざと遠回りをして、見慣れない町並みを見るともなしに見ながら自宅についた。
俺の家は木造二階建ての借家で、なんつーか、貧相な家だ。
玄関に靴を脱ぎ散らし廊下を歩いていると、俺を狙いすました様に電話が鳴った。
廊下の真ん中辺に据え付けられた受話器を手に取る。
「はい、こちら皆月、」
「京次か?」
聞き覚えのある男の声。 すぐに誰かは解ったが、声の主はとても歓迎出来る相手ではなかった。
「なんだ?君寧先輩か?俺、今気分悪ィんだ、今度にしてくれよ。」
多分、昼間の報復戦かなんかだろう。俺は思いっきり煩わしいといった口調で言ってやった。 すると。
「ふん、別にいいぜ、お前が来なきゃひどい目見ンのはセーラー服の転校生だがな。」
ピリッと、俺の首筋から背中にかけて電撃にも似た緊張が走る。
「....雪之絵の事か?」
「学校の体育倉庫、早く来いよ。」
それだけ言って電話は切れた。
受話器を持ったまま動きを止める事数秒、俺は脱いだばかりの靴を履いて家を飛び出していた。