クレイモア 

今日、二度目の体育館裏を抜け、おそらく六畳の部屋の二倍弱といった広さをもつ体育倉庫にたどり着いた時、すでに辺りは暗かった。

俺は、外よりさらに暗い体育倉庫の中を見回す。

ボールやマットが無造作に置かれる中、どうやら最悪の事態にはなっていないようだった。

マット上にちょこんと雪之絵は正座している。暴れた様子もないし服も乱れていない。

最悪の事態、”犯された”形跡はまったくない。

ほっとする俺の前に現れる黒い影、君寧明人だ。さらに後ろに二人、舎弟らしき男が控えている。

昼の喧嘩の時は2ケタの舎弟がいたのに、今はたった二人だ。

俺にやられて見限られたのだろう。でも、俺に言わせてもらえば、この程度で離れて行く連中など、ツルむだけ無駄だ。

「よう、君寧センパイ、随分卑怯な手使ってくれるじゃん。」

俺はとりあえず強がってみた。

今しがた辺りを見回して逃げ道は俺の今居るこの扉しかない。雪之絵の後ろにガラス窓があるが、窓枠が歪んでいるのでまともには開かないだろう。ガラスぶち破って逃げろ、と言うのも女には酷な話だ。

三対一か、なんとかなるかな、などと考えていると。

「卑怯ついでに、こうさせてもらうよ。」

ニヤついた君寧明人の後ろで、二人の舎弟がナイフを取り出し、雪之絵の顔の側へ持っていく。

「!」

窓の外の月明かりが逆光になっているので、雪之絵の表情はよく見えないが、息を飲む雰囲気だけは伝わって来た。

「京次、おとなしくしてりゃ、あの女は無事帰してやるよ。力づくで女イジメんの趣味じゃねーからよ。」

「力づくで男イシメんのは好きってか?」

今は打つ手なし、そう思って耐える事に決めたついでに更に強がって見せると、笑みを浮かべた君寧明人の拳が俺の腹にめりこんだ。

「ぐっ!」

躱そうと思えば躱せる攻撃、しかし今は耐えるしかない。

「ごはっ」

つづいて顔面に入る右フック、そして距離を少し空けての左のハイキック、こいつも側頭部にまともにヒットする。

もんどりうってひっくり返った際、カゴをぶっ倒し中のボールをぶちまいた。

さすがに効いた。一撃の破壊力は俺並にある。単なる強面で不良どもを束ねていたわけではないらしい。

転がってうずくまる俺の体に、容赦ないサッカーボールキックがめり込む。

「ぐっ」

くの字に折れ曲がる俺の体、さらに似た様な攻撃が数発。

目が掠れる、意識が遠のく。

やばい、マジでまずい。先ほど君寧明人は雪之絵を無事に帰すと言っていたが、さすがに信じてはいない。適当に殴らせて身動き出来なくなったと見せかけて隙をつくつもりだったが、本当に動けなくなってしまった。なんたるマヌケ。

「ハハハ!いいザマだな、京次ィ。どーせだから裸にひん剥た写真でも撮ってばらまいてやろうか!!」

勝ち誇った高笑いのついでに、つまんねー事をぬかしやがる。悪態ついてやろうかとおもったが、口がうまく回らない。

もうすぐ意識が落ちる、何か手はないか、そう思った時、この状況に似つかわしくない美しくも甘い女の声が、この場の雰囲気を一変させた。

 「それは、おもしろいわね。」

君寧明人の高笑いが止まった。

俺の怒りと、痛みから来る震えも今だけ止まった。

俺と君寧明人は、ほぼ同時にその声の主に目をやる。その主とは、マット上にポツンと座っている捕らわれの身のはずの女、雪之絵真紀だった。

「でもね、だめよ、京次をいじめていいのはね...」

私だけなのよ

瞬間、両脇にいた二人の男が雪之絵を中心にして左右にぶっ飛ぶ。

「ぐわ!」 「ぐえっ」

おぼろげながら見えた。雪之絵の両拳が二人の男のそれぞれの胸にぶち込まれたのを。

ゆらり、ふらり、そんな言い様がしっくりくる動きで雪之絵は立ち上がった。

吹っ飛んだ二人の男は、左右の壁に激突した後ピクリとも動かない。のびてしまったようだ。

「何すんだ、お前。」

君寧明人が、何とか声を絞り出す。それだけの驚き、それは俺も同じだ。しかし雪之絵は君寧明人を無視すると、俺に笑いかけた。

「うれしいわ、京次。自分を犠牲にしてまで私を助けようとしてくれて。」

「何言ってやがる!!気に入らない事言われたから、京次をぶちのめしてっつったのはお前だろうが!!!」

なぬ!?

「あーら、何のことかしら!?オホホホホホホホホホホホ!!!」

君寧明人の衝撃の告白に、笑ってごまかそうとする雪之絵。どっちが真実かは言わずと知れた事だ。

「なんつー女だ。」

「京次ー、すぐに助けてあげるからねえ、」

「ざけんな!!お前の方こそ裸にひん剥いて晒し者にしてやるぜ!!!」

怒り狂う君寧明人と、理解不能なハイテンションの雪之絵が対峙した。

俺は、今にも落ちそうな意識の中、二人の動きを見ていた。

「こりゃ強ええ。」

雪之絵の事だ。

「俺と、どっちが強いかな。」

つぶやいて気絶する寸前、雪之絵の蹴りが君寧明人の顔面を捕らえていた。


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